127人が本棚に入れています
本棚に追加
/110ページ
跳躍
(32)
――マスターが「そうしろ」ご命じになったのだ。
だから僕は、床に転がる淫乱そのものに蕩けきった「メス熊」の、無骨な手首から枷を外してやった。
毛むくじゃらで屈強な汚らしい大男は、もう悦楽の中にグズグズに堕ちていたから、マスターのお見立てどおり、腕輪を外されたところで何ひとつ反抗の様子もみせない。
そして腹ばいになり、胸毛に埋もれた乳首と陰茎を床に擦りつけ始める。
小動物じみた声を上げながら巨体を蠢かせるケダモノを、マスターが優雅に打ち眺めている。
マスターの気高いくちびるに、微かに浮かぶのは官能の匂い。
その形にこそ、僕の情欲は激しく揺さぶられた。
「ザッカリー」
僕を呼ぶ、マスターの尊い声。
服従そのものの視線で、僕は主人を振り返る。
「そのお嬢さんは『初めて』なのだから、キチンと準備してあげなさい」
そういってマスターは僕に、美しいシルバーの小瓶を手渡した。
「ザッカリー、正しく思い出しなさい。お前が初めて私の腕にいだかれた時のことを。そしてその通りに行うように」
はい、マスター。
ご心配には及びません。それは記憶装置を探るまでもなく、常に僕の脳裏に蘇り続けています。
あの素晴らしい宵の出来事は――
マスターが顎先の微かな動きだけ静かな満足を表明してくださる。
そして、
「『レディー』を取り扱うときは、常に最大級の経緯と優しさをもって行いなさい、それが紳士というものだ、ザッカリー」
と、僕に言葉をくださった。
*
最初のコメントを投稿しよう!