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(32)  ――マスターが「そうしろ」ご命じになったのだ。  だから僕は、床に転がる淫乱そのものに蕩けきった「メス熊」の、無骨な手首から枷を外してやった。    毛むくじゃらで屈強な汚らしい大男は、もう悦楽の中にグズグズに堕ちていたから、マスターのお見立てどおり、腕輪を外されたところで何ひとつ反抗の様子もみせない。  そして腹ばいになり、胸毛に埋もれた乳首と陰茎を床に擦りつけ始める。  小動物じみた声を上げながら巨体を蠢かせるケダモノを、マスターが優雅に打ち眺めている。  マスターの気高いくちびるに、微かに浮かぶのは官能の匂い。  その形にこそ、僕の情欲は激しく揺さぶられた。 「ザッカリー」  僕を呼ぶ、マスターの尊い声。  服従そのものの視線で、僕は主人を振り返る。 「そのお嬢さんは『初めて』なのだから、キチンと準備してあげなさい」  そういってマスターは僕に、美しいシルバーの小瓶を手渡した。   「ザッカリー、正しく思い出しなさい。お前が初めて私の腕にいだかれた時のことを。そしてその通りに行うように」  はい、マスター。  ご心配には及びません。それは記憶装置を探るまでもなく、常に僕の脳裏に蘇り続けています。  あの素晴らしい宵の出来事は――  マスターが顎先の微かな動きだけ静かな満足を表明してくださる。  そして、 「『レディー』を取り扱うときは、常に最大級の経緯と優しさをもって行いなさい、それが紳士というものだ、ザッカリー」  と、僕に言葉をくださった。 *  
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