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「さくら」
開く扉に呼び掛ける声が重なる。
美桜は頭を伏せたまま、視線を葵へと上げた。
「悪い、寝てたか?」
いっそ不気味なほど普段通りの彼が、ふとその目元を和らげる。子供にするように頭を撫でる手に目を伏せ、美桜はゆるりと首を横に振った。
「帰ろうか」
「……ん」
どうして、なにも言わないのだろう。
あの時目が合ったのは確かで、それは葵だって分かっているはずなのに。
知りたいのに怖くて、美桜は口を噤んだ。
葵に言われるままに鞄を肩にかけて、誰もいない廊下へと足を踏み出す。
ずれた足音が2つ、夕刻に響いた。
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