掌から零れ落ちたものは……

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 卓袱台を押しのけるように身を寄せ合って、夢中で互いの口唇の感触を確かめ合う。窓から差し込む陽光が茜色を帯び始めた部屋の中には、(なま)めかしい水音と微かな吐息だけが響いていた。  畳の上に組み敷かれた詠史を見下ろす尊人の瞳にも余裕の色はない。あるのは雄の獰猛(どうもう)な光と、激しく燃え盛る渇望(かつぼう)(ほむら)だけだった。獲物を前にした()えた瞳に、詠史の奥底に(くすぶ)っていた官能の熾火(おきび)も呼応したように激しく燃え上がる。  まるで性を覚えたばかりの若者のように、貪るようにお互いを求めあった。  すっかり夜の(とばり)が降りた部屋の中は、射し込む(ほの)かな月明かりで、まるで海の底にいるかのように濃藍(のうあい)に染まっている。  部屋の中央には重なり合ったふたりの躰が黒く(うごめ)き、輪唱のようなふたつの呼吸と微かな衣擦(きぬず)れの音だけが響いていた。 「――大丈夫か?」  深く息を()いて呼吸を整えた尊人の声が、甘く詠史の耳朶(じだ)を揺らす。 「……大丈夫かって……言われたら……全然、大丈夫……じゃない、よ」     
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