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(話し合うもなにも、結婚したんだろ? 結婚が決まっているって聞いたから、ボクは別れを告げて姿を消したんじゃないか……)
言葉にできない想いを胸の中で呟きながら、こっそりと折った膝の上に置かれた尊人の左手薬指を盗み見た詠史は、そこに光るものを見とめた。
(ほら、やっぱり結婚してるんじゃないか。今更なんの用だよ)
永遠の象徴である輝きを見た瞬間、胸に走った鋭い痛みを口唇の内側をきつく噛み締めて堪える。
「――ボクには話すことは無いよ。尊人みたいな大きな図体をしたやつがいると子供たちが近寄れないだろ。さあ、こんな場違いなとこにいつまでも居ないで帰った帰った」
追い払うように振った手を掴み取られて、立ち上がる尊人の動きにつられるように引き上げられた躰がパイプ椅子から浮かび上がった。水槽越しに引かれた手にバランスを崩して蹈鞴を踏む。
「なにするんだよ!」
どうにか踏ん張って水槽に突っ込むことは免れた詠史の非難の声に、
「ここで話してもいいなら話すけど? 心配そうに見てるおばさんたちに聞かれてもいいならね」
掴んだ手を離すことなく挑発的に返された。
突然に消えていた喧騒が耳に戻ってくる。周りを見渡した詠史の視界に、近づいてくる役員の法被を着た中年女性の姿が映った。
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