第1章 天国と地獄

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「あの、この辺には、他に誰かいませんか?」  男がその憤慨している心を見透かしたのか、また自分が訊こうとしたことを訊ねた。 「いや、ここに住んでいるのは、わしだけだ。人と出会ったのは、ずいぶんと久しぶりだよ。しかも、カップルに会えるとはな」  いや、だからカップルじゃな いと、さっきから説明したじゃないか! 耳は聞こえているのか? このモウロクじじいが。  心で罵声を飛ばした麻耶は、老人の減らず口を、足で蹴飛ばす思いで眼で睨みつけた。 ま、そう思っていても、その気持ちがばれないようにしていたつもりだが。それでも眼は正直だった。  そのとき、胸がハッとした。  自分はさっきから、何をイライラしているのか? お年寄りに対し て、こんな荒い心を抱いたのは初めてだった。  いったい何が自分の心を荒げさせているのか? 思い当たる節は2つしかない。  会えると思った祖父母に会えないこと。日曜日に両親に連れられてたまに礼拝にいっていた教会の牧師や父が話をしてくれた、キリスト教の神の世界とは似ても似つかぬ天国の実態に、最悪の詐欺に遭った思いだった。  こんな殺風景な原野で、これから永遠に暮らすと思うと気が変になりそうで、心が爆発しそうな強い不満と怒りが、体内に充満していた。      
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