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Lovers
穂村有(ほむら ゆう)は、一日の間に何度も自分は幸せだと感じることがある。まずは朝起きてすぐ。洗面所に立ちアクリルのコップに入った黄色い歯ブラシを取って、残ったもう一本を眺めるときだ。恋人が使っている青い歯ブラシ。少し毛先が広がっている気がする。あとで、そろそろ新しいのに替えた方が良いよと言おう――そんなことを考えられる状況が嬉しい。
鏡に映る自分の顔を見る。
自然と口元に笑みが浮かんでいる。
歯磨きをして口をすすいだあと、タオルで口を拭った。使い終わったタオルで鏡の汚れを拭いて洗濯カゴに投げ入れる。そのとき、鏡越しに恋人の顔が見えた。
「おはよう、有」
欠伸混じりの声で言われ後ろを振り返った。今度は肩越しに恋人の顔を見る。まだ眠そうに瞬きをしているのが、可愛い。
「亘、おはよう」
彼の名前を呼ぶ瞬間も、幸せだと思う。
亘が有の顔をじっと見た刹那、可笑しそうに口を閉じたまま笑った。
「歯磨き粉が」
有の口元を亘が軽く指で擦った。歯磨き粉が口の端に付着していたようだ。ちょっと恥ずかしくなる。
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