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French kiss
土曜日の朝。有はいつもより一時間半遅く起きて洗面所に向かった。途中、キッチンとリビングを突っ切ったが、亘の姿はなかった。まだ彼は起きていないようだ。
洗顔し、歯を磨いたあと、廊下を挟んで向かい側にある亘の部屋にノックをしてから入った。四畳半の部屋は、シングルベッドを一台置いているだけで狭くなる。ドアから二歩の距離にベッドがあった。
「亘、起きろよ。もう八時半だ」
彼はまだベッドの上で眠っていた。顔は出ていたが首から下はロールケーキのように布団にくるまっていた。灰色の掛布団カバーのせいか土管みたいに見える。
ちょっと笑いながら、有はベッドに乗り上げ、亘の顔に手を伸ばした。彼の黒くコシのある髪をわしゃわしゃと撫でた。
亘が不愉快そうに眉を寄せ、口を歪めた。まだ寝ていたいようだ。だけどこれ以上寝坊するとまずい。十一時から上映する映画に間に合わない。もう一度彼の名前を呼ぶと、いきなり亘が目をかっと見開いた。
黒目勝ちの双眸と、視線がかち合った。とたん、亘は相好を崩し、「おはよう」と欠伸をかみ殺して笑いかけてきた。ふだんは若干つり目できりっとした印象を与える顔なのに、今はちょっと間抜けで可愛い。
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