French kiss

1/5

694人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ

French kiss

 土曜日の朝。有はいつもより一時間半遅く起きて洗面所に向かった。途中、キッチンとリビングを突っ切ったが、亘の姿はなかった。まだ彼は起きていないようだ。 洗顔し、歯を磨いたあと、廊下を挟んで向かい側にある亘の部屋にノックをしてから入った。四畳半の部屋は、シングルベッドを一台置いているだけで狭くなる。ドアから二歩の距離にベッドがあった。 「亘、起きろよ。もう八時半だ」  彼はまだベッドの上で眠っていた。顔は出ていたが首から下はロールケーキのように布団にくるまっていた。灰色の掛布団カバーのせいか土管みたいに見える。  ちょっと笑いながら、有はベッドに乗り上げ、亘の顔に手を伸ばした。彼の黒くコシのある髪をわしゃわしゃと撫でた。  亘が不愉快そうに眉を寄せ、口を歪めた。まだ寝ていたいようだ。だけどこれ以上寝坊するとまずい。十一時から上映する映画に間に合わない。もう一度彼の名前を呼ぶと、いきなり亘が目をかっと見開いた。  黒目勝ちの双眸と、視線がかち合った。とたん、亘は相好を崩し、「おはよう」と欠伸をかみ殺して笑いかけてきた。ふだんは若干つり目できりっとした印象を与える顔なのに、今はちょっと間抜けで可愛い。     
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

694人が本棚に入れています
本棚に追加