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こんな気持ちでセックスなんてできない。だって彼の手の動きは怒りに満ちている。愛情でも欲望でもない感情に突き動かされている彼は、怖かった。
「ずっとしたかったんだろ」
亘は有と目を合せようとしない。彼が有のはだけたワイシャツを左右に割り、胸にある小粒の尖りに手を滑らせた。荒れた指の腹に乳首が擦れ、鋭い痛みが走った。
「い、たっ」
有は唯一自由にできる右腕を振って、亘の頭を力任せに叩いた。何度か避けられたが、有は諦めなかった。そして、渾身の一撃が漸くヒットした。
「ってぇ……」
亘がやっと手を止め、有の顔を見てくれる。
「亘、やめてよ」
自分の声が不覚にも震えていた。
「なんでだよ」
「こんなの、違うだろ」
話している途中で無性に泣きたくなった。
――こんなのは違う。前はもっと……
肌に触れる手のひらは温かかった。胸を撫でる指はもっと繊細に動いて、その気持ちよさにため息が出た。下腹に灯った熱をゆっくり扱かれて、喉が鳴った――。
そこまで思い至って、有はハっとした。
――俺、亘としたことがある。
無意識に過去のセックスと今を比べていた。
真紀とのセックスで胸を撫でられたことはない。局部を触らせたこともなかった。彼女の爪はネイルアートで長く尖がっていた。あの指で色々されたくなかったのだ。
「――どうした? なにか思い出したのか」
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