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亘が愛撫をやめ、有の顔を窺うようにして見下ろしてくる。
記憶は戻らない。だが皮膚が鳥肌を立てて訴えている。前とは違う、と。
「亘とセックスしたことは、なんとなく」
亘の息をのんだ音が聞こえる。
「前は、こんなんじゃなかった」
有は体の震えを止めたくて、己の体を抱きしめた。目の奥が熱くなる。
「なんで忘れたんだ? 亘としたことを、俺は」
幸せだったはずだ。心身ともに満たされていたはずなのだ。
「俺が知りたいよ。なんでおまえは忘れたんだ? セックスしてから次に会ったとき、有はきれいさっぱりそのことを忘れてた。それだけじゃない、付き合ってたときのことも忘れてるんだ」
両肩を掴まれ問い質される。
「終わったとき、気持ちよかった、すごくよかったってお前は言った」
亘が思いつめたような目で、有の顔を見つめた。睫毛が揺れている。
「ひとつになれて嬉しいとも言ってくれた」
彼の声は、思い出してくれ、と自分に切望しているようだった。でも、思い出せない。
「ごめん、覚えてない」
有が言うと、亘の手から力が抜けた。肩から彼の手が遠のく。
自分が亘に酷いことをしてきたように思えてくる。忘れた自分がいけなかったのだと。
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