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自分が亘の立場だったら、と考える。セックスして恋人同士になれたと思っていたのに、相手がそのことを忘れていたら。
――ショックだよ。忘れられたら、どうすればいいのか分からなくなる。
男としたことを後悔して、忘れた振りをしているのだと疑心暗鬼になったかもしれない。
三回も忘れられたら、諦めた方が楽だと思ってしまうかもしれない。
――でも亘は。また俺と付き合ってくれた。
自分の体に馬乗りになって、項垂れている男が、どうしようもなく愛おしいと感じた。同時に、失った記憶を今すぐにでも取り戻したいと思った。
なにかあるはずだ。記憶が消えてしまう原因が。
「なにか――なにか気になることとかなかった? 俺としたとき」
それが分かれば思い出せるかもしれない。有は希望を見出したくて必死だった。
亘が考えこむように顎に手をあてていたが、すぐに閃いたように瞬きをする。
「ああ――気になるって言うか、心配になったことはある。終わったあと、有はいつも言ってた。『幸せ過ぎて怖い』って」
――シアワセスギテコワイ。
頭のなかでそのフレーズを反芻した瞬間、甲高い耳鳴りが鼓膜から脳に走った。首が痺れる。
自分が言った覚えはなかった。だが、誰かから聞いたような気がする。
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