the truth

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 記憶のなかにある運転席は、常に靄がかかっていた。父と母の背中が交互に乗り替わっていた。その儚いイメージは、明確な伯母の背中によって蹴散らされる。そして、他三人がどこに座っていたかも鮮明に浮かび上がった。頻繁にこちらを振り返り喋りかけてくる助手席の母の顔と、有の隣の席で鼾をかいて寝入っている父の顔が。 「穂村? 聞いてるか?」  気遣うような藤崎の声が耳に流れてくる。有は慌てて意識をスマホに集中させる。 「大丈夫です。ちょっと事故のことを思い出して」 「そうか、思い出したか。もっとその話聞きたいんだけど、そろそろ仕事に戻らないといけないんだ。また明日話そうぜ。とりあえず今日はゆっくり休めよ」  残念そうに言いながら、藤崎が電話を切った。と同時に、亘からのLINE着信の知らせが目に入った。 『ごめん、いま電車が人身事故で遅延してる。十二時までに間に合わないから、有は会社に行って。俺は外で時間潰すから』  急いで返信を打とうとしたが、なかなかうまく打てなかった。指が震えていた。心臓の鼓動が速い。  有は深呼吸をして、もう一度文字を打った。 『俺も一日休むことにしたから大丈夫だよ。急がずに帰ってきて』  返信を終えて、有は目を瞑った。  なぜ新聞を調べなかったのか自問してみると、あっさり答えが返ってきた。 事故後数週間が経ち、有のなかで気持ちの整理が一応ついた頃に、両親の死亡事故が新聞には載らなかったのか、伯母に聞いたのだ。     
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