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語尾の「わ」を口に象ったまま、母の顔は動きを止めた。前方のトラックの積み荷が落ちた。助手席側のフロントガラスに向かって、太い丸太が突き破ってきた。
有は思わず顔を覆った。歯がカタカタと鳴り、四肢は震えた。事故の再現映像を見せられたみたいにリアルだった。
母が丸太に押されて頽れたところで、有の記憶は途絶えている。本当にあのとき気絶して、有のなかで続きはないのだ。目覚めたときには、ストレッチャーで車から移動させられ、救急車によって病院に運ばれた。
有の頭の中の霧は晴れていた。どうして自分が記憶喪失になったのかも、想像がつく。
――言葉通りだ。幸せすぎて怖かったんだ。
早くこのことを亘に言いたい。彼に会って話がしたい。
有はスマホの画面を見た。いつの間にか十二時三十五分になっている。だいぶ伯母と話し込んでしまった。
「伯母さん、帰ってください。同居人が帰ってくるんです」
事故のことで彼女を責めることはできない。あの丸太を回避ことはできなかった。その後の玉突き事故も避けるのは難しかった。
「まだあの男と同居しているの?」
伯母の声が鋭くなった。
「あなたのお金が目当てに決まってる。そうでなきゃ男となんか付き合わないでしょ」
「知ってたんですか。俺たちの関係」
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