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「あ、やっと効いてきた? ちょっとだけ麦茶に睡眠薬を混ぜておいたの。起きている間に教えて? 通帳と印鑑、どこにある?」
己の手の甲をつねって、眠気を遠ざけようとしたが、焼け石に水だった。
「通帳と印鑑があっても、伯母さんじゃ引き出せない」
呂律は回っているが声に膜が張っている。
「保険として預かっておく。教えてくれなかったら、どうしようかな。ここで自殺すると資産価値が下がっちゃうのよね。でも私が住み続ければ関係ないしね」
ひどく明るい声で言われ、自分が危うい立場にいることが実感できない。
「高校のときみたいに素直なままだったら良かったのに。やっぱり周りにしっかりした人がいると駄目ね。あの石動さんって人は」
突然インターホンの音がリビングに鳴り響いた。次にドアのハンドルをガチャガチャと動かす音がした。亘が帰って来たのだ。
「――たるっ! わたるっ!」
睡魔を霧散させたくて、出せる限りの声を出す。目に力を入れ、瞼が閉じそうになるのを必死で止めていると、傍らにいた伯母の気配が消えた。
有は自分の頭を支えるのが辛くなり、テーブルに突っ伏した。暫しの無音のあと、バタバタと騒がしい足音が近づいてきて、いきなり肩を持ち上げられる。
「有! 有!」
呼ばれると同時に頬を叩かれ、いつの間にか閉じていた瞼を開けた。
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