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離れた唇に、有の目は釘付けになった。薄くて形の良い唇が、たった今、自分の唇に重なったのだ。
「『ゆう』って呼んでいい?」
「いいよ」
亘に見つめられ、有の顔は一気に熱くなる。
「入学式で会ったときから、なんとなく気になってたんだ、有のこと」
「え? そうなの?」
そんなに前から? と有は驚いた。入学式ではちょっと顔を合わせただけだ。
「静かな感じで、話しやすそうだなって思ったんだ。校歌の練習中、有のほうをチラ見してたんだぞ。おまえ真面目に歌ってたから余計仲良くしたくなった」
「え? 見てたのかよ」
なんだか恥ずかしい。歌っている姿なんて、見られて嬉しいものじゃない。
「でも接点がなくて、なかなか話せなかった。有には違う友達ができたし。俺もそうだし」
有は自分の頬をつねりたくなった。自分にとって都合の良い夢としか思えなかった。
「一緒のゼミに入ったときは嬉しかった。これで仲良くなれるって」
有の頬を、亘が指でつんつん押してくる。
「ベンチで有が親の話をしてくれたことがあっただろう? あのときから、有とふたりで話したいって思う事が多くなった」
「俺も、そうかも」
有はおずおずと同意した。
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