693人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ
金曜日の夜。飲み会でしたたかに酔った男を、家まで追いかけてくる女。
「もう大丈夫ですから。ご心配かけて申し訳ありません」
亘が敬語で女に詫びた。そのことに有はほっとした。
年上の同僚らしき女性が「いいのいいの、こっちこそ飲ませすぎて――」と話している途中で、亘はドアを後ろ手で閉めた。急に玄関はふたりきりの空間になり、沈黙が生まれた。それを打ち消すように、亘が言い訳をする。
「飲みすぎて具合が悪くなったんだ。いいって言ってるのに、彼女が送るって聞かなくて。家の前でタクシー止めたら、一緒に降りてついてきたんだ」
参ったよ、と亘がわざとらしく肩を竦める。
「そうなんだ」
有がこの場にいなかったら、彼女は強引に部屋に入って来たのではないか。
「アパレルってさ、肉食系の女が多いんだよ。うざくて堪らねえ」
亘が顔を歪めて呟いた。だが有は、素直に喜べなかった。自分に見られた手前、迷惑そうにしているだけかもしれない。
「ごめん、気持ち悪い」
緩慢な動きをしていた亘が、急に機敏に靴を脱ぎ、上がり框に上がった。そのまま廊下を走り、トイレに駆け込んだ。
トイレから出てきた亘に、水をなみなみに入れたコップを手渡す。
「ありがとう」
「大丈夫?」
水を一気に飲んだあと、亘は力なく笑った。
最初のコメントを投稿しよう!