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自分に言い聞かせるように言って、有は自宅――307号室に戻った。
スーパーで買ったバナナとグレープフルーツでミックスジュースをつくり、亘の部屋に持って行った。
「ありがと。美味しそう」
亘は立ったたまジュースを一気に飲んだ。
「これ、クリーニングのレシート」
「ああ、ありがと。あとで金は払うよ」
亘はもうパジャマから普段着に着替えていた。部屋のなかも少し綺麗になっている。床に積まれた本や、散らばっていた服が消えている。
「片付けたんだ」
「ああ」
返事をしながら、亘はデスクにレシートと本を置いた。本の背表紙が、たまたま有の視界に入った。
『認知心理学・入門編』
入門編と銘打っていながらも、そのハードカバーの本は、学術書のように遊びのない装丁で、ページ数も多そうだった。
「心理学に興味あるの?」
有が尋ねると、亘は「まあね」と答えた。
「営業の仕事にはけっこう使えるよ。相手の気持ちを知るためのヒントになる」
「仕事熱心だな」
有は素直に感心した。
「俺も読んでいい?」
「いいよ」
机に置いたばかりの本を亘が手に取って、有に渡してくる。本はずしりと重たかった。
「有、どうかした?」
「え?」
「さっきより元気がない気がする」
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