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亘が心配そうに眉を寄せ、有の顔を窺ってくる。頬をすっと撫でられ、有の鼓動は速くなった。
「そんなことないよ」
「表情が暗い」
強がってもバレているようだ。正直に気になっていることを聞こう、と口を開いたものの、有は逡巡した。もう終わったことをぐちぐち言ったら、亘は嫌な気分になるのではないか――そんな不安が浮かんだのだ。だから咄嗟に、違う理由を考えた。
「昨日の女性のことが気になって」
嘘ではなかった。馴れ馴れしく家まで亘を追いかけてくる女を忌々しく思っている。強く断らなかったのであろう亘に対しても、多少の苛立ちを覚えていた。
「ごめん。不安にさせた? でも本当に、彼女とは何もないから。勝手についてきただけで――」
「わかってる」
それでも不快なものは不快なのだ。
「亘はモテるから心配なんだよ」
「俺は有ひと筋だけど?」
有は思わず顔を上げた。
亘の言葉はふざけているのに、声は怒っているように揺れていた。見上げた先にある顔は、どこかが痛むみたいに歪んでいた。だがすぐに、その表情は営業用のスマイルで打ち消された。
「もうちょっと信じてほしいんだけど。俺、同棲するのは有が初めてだよ。こう見えて一人大好き人間だから」
「え? そう?」
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