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今日中に、鍵取り換えの専門業者に電話しようと思った。
「有」
亘が有の隣に座ってくる。ぎしりと音が鳴る。無言のまま、亘が有の両手を軽く握った。有は亘の肩に、そっと己の頭を載せた。触れた場所が温かくなる。そこで初めて、自分の体が冷え切っていることに気が付いた。
「この時間になると寒いよな。そろそろ夕飯作ろう」
有が体を離そうとすると、亘の腕が追ってくる。腰に手を回され、ぐいっと引き寄せられた。唇が触れそうになるほどの近距離で見つめ合った。亘の目に、焦れたような熱が灯っている。
「もっと甘えろよ。せっかく傍にいるんだから」
瞬きもせずに、亘がじっと有を見つめてくる。目を逸らすことを許さない、とでもいうように。
「甘えてるよ。充分」
「じゃあ、もっとだ」
抱きつかれ、ベッドに押し倒され、有は仰向けになって寝た。覆いかぶさってくる亘の背中に腕を回して、目を閉じる。
先の行為を促すことはしない。
「亘は、したいと思わない?」
有は静かに尋ねた。自分のなかに焦燥はなかった。
「したいよ。でも今はダメだ」
――今は?
「もっと信じてほしいから。有に」
「――信じる、って」
途中で声を遮られた。亘の唇によって。
彼が何を気にしているのか分からない。
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