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reminiscence1『encounter』
亘と出会った日時を、有ははっきりと覚えている。
四年前の四月八日。十時半。場所はC大の体育館。入学式が始まる三十分前に、有はひとりで会場に入った。校歌の練習が始まる五分前だった。ずらっと並んだパイプ椅子はほとんどがスーツ姿の新入生で埋まっていた。入口付近の、飛び石で空いている椅子に、有は静かに着席した。と、二列前の席から話し声が聞こえてきた。そちらに目をやると、男ふたりが顔を合わせて笑っていた。砕けた言葉遣いからして、彼らは初対面ではないと感じる。出身校が同じなのかもしれない。
有は会場をざっと見渡した。見知った顔は一つもない。それもそのはずだ。卒業した高校からC大に進学したのは有だけだった。
また同じ場所から、ノリの良い会話が聞こえてきた。
「俺、『いするぎ』って言うんだ。よろしく」
さっき喋っていた男ふたりが、スマホを操作している。連絡先を交換しているのだろう。
――ずいぶんフレンドリーな人だな。
亘の第一印象はそれだった。顔も整っているし、コミュニケーション能力も高そうだし、きっと自分に自信があるのだろう。
――俺とは正反対だ。
高校のとき「ぼっち」にはならなかったものの、狭く浅い人間関係しか築いてこなかった。それでいいと納得していたが。
初対面で連絡先を交換するなんて、有には考えられない事だった。社交的な男をつい目で追ってしまう。彼が今度は、反対側の隣席の男と話し出した。大きく笑った口から覗く綺麗な歯並びに、やはり自信が伺える。
ふいに彼が、首だけをこちらに向けた。バチッと目が合ってしまい、有は慌てて視線を逸らそうとした――が、相手はすかさずニコッと笑いかけてくる。有もつられて愛想笑いを浮かべた。
「おまえ学部は?」
一瞬、自分に聞いているとわからなかった。目を合せたまま、彼が「経済?」とまた尋ねてくる。
「そう、だけど」
「俺も。よろしく」
よろしく、と返事をしようとしたちょうどそのとき、合唱指導部員が前方にあるステージに上がっているのが見えた。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。これから校歌の練習を行います」
マイク越しの声が鼓膜に痛いほど響いた。
彼はもう前を向いてしまっていた。
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