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有は麦茶を一口飲んでから立ち上がった。さっきよりも居心地が悪くなっていた。伯母に対し不信感が湧いたせいかもしれない。
「伯母さん、俺、引っ越すかもしれない」
引き出しを漁っていた伯母の体が止まった。
「なんで? なにかあったの?」
驚いたように彼女が瞬きをする。
「空き巣に入られたんです。それも何回も。物騒だから引っ越したほうが」
「なにを盗まれたの?」
有の科白を遮って、伯母が鬼気迫る顔をして聞いてくる。
「母の遺品です。鞄やスカーフなんかが」
「そう。大したものじゃなくて良かったわね」
伯母の顔が一瞬緩んだのを、有は見逃さなかった。
「被害は少なかったんでしょう? それで引っ越すのは時期尚早じゃない?」
穏やかになった声が、白々しいと感じる。
「あのマンション、オートロックだから泥棒が入りづらいと思うのよ。角部屋でもないし」
「まあ、そうだけど」
「気を悪くしないで聞いてね。盗んだ犯人が有ちゃんのルームメイトって可能性はない?」
「それはないよ」
考えるよりも先に声が出ていた。自分らしくない強く厳しい声が。
「本当にそう言い切れる? 人が良さそうな人に限って――ってこともあるから」
ねっとりした口調で伯母が言う。口から覗く金歯が濁っていた。
「石動さんって言ったわよね? たしかに感じの良い人だったけど」
「――えっ」
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