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有は思わず声をあげていた。まるで亘本人に会ったことがあるような言い方だった。
「会ったことがあるんですか? 石動と」
「一度だけ、ね。けっこう前だけど」
「いつどこで会ったんですか」
頭のなかは、亘の声で占拠されていた。
――会ったことはないけど。たぶん、ここには来てるよ。
一昨日彼は、はっきりそう言ったのだ。
「去年の八月だったかしら――有ちゃんの家に行ったとき台所で鉢合わせしたのよ」
彼女の言っていることはデタラメだと確信できた。亘を家に遊びに来るようになったのは、去年の十月からだ。
「伯母さん勘違いしてるよ。八月っていうのがあり得ない」
「勘違いじゃないわよ。まだ六十なんだから。頭はしっかりしてるわよ」
憤慨したように伯母が捲し立ててくる。
「絶対八月だったわよ。朝、有ちゃんの家に行く途中でラジオ体操の音楽が聞こえたから」
事細かに説明され、有は反応に困った。たしかにラジオ体操の時期は七月か八月だろう。
「石動さん以外にも怪しい人はいるわよ。あなたと付き合ってた子――あの子も」
――真紀のことか?
有の頭はこんがらがった。彼女を伯母に紹介したことはない。彼女がいることさえ伯母に話したことはないのだ。
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