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有はハッとして息をのんだ。少年期になら思い当たることがあったのだ。人生の分岐点ともなった、あの事故のことを、彼に言うべきか少し悩んだ。
「今からいう事は秘密にしてもらえますか」
他言してほしくなかった。藤崎はどうも口が軽そうで、百パーセント信用できない。
「見損なうなよ、おまえ。俺は産業カウンセラーだぞ。守秘義務は守ります」
ムっとしたように藤崎が口を尖らせたが、本気で怒っているようではない。
「――中学のときに両親が事故で死んだんです。車両事故でした。俺も車に乗ってたんですけど、事故前後の記憶がなくて」
この話は亘にしかしていない。誰彼構わずに言えるようなことじゃなかった。
藤崎が黙ったまま目で続きを促してくる。
「病院で検査を受けたけど外傷は見つからなかったんです。心因性の逆向性健忘って診断をもらいました」
話していくうちに、事故に遭った当時のことを思い出した。日ごろは記憶の扉に鍵を掛けていた。思い出しても嬉しくないからだ。
「どれぐらい記憶が抜けてるんだ?」
「――十分程度だと思います」
あの日は小雨が降っていた。夜だったこともあって視界は非常に悪かった。
「事故があった日はいつだ? 覚えているか」
「覚えてます。俺が中三のときです。たしか三月九日。高校の合格発表があった日です」
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