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催眠術かなにかで操られているみたいに、自分の口が動いている。それに便乗して、記憶が鮮明になっていく。
「俺が第一志望に受かって、お祝いってことで家族で外食したんです。店で食事をしたのは覚えてます。父と母と俺三人で店を出た」
頭に浮かんでいた過去の映像がぷつりと途切れ、一瞬真っ黒になる。
「車中でなにがあったのかは忘れました。思い出せない。事故が起こったあと、俺は車から引っ張り出されました。ストレッチャーに乗せられて、救急車に運ばれた」
「穂村はどの席に座ってたんだ?」
「後部座席です。運転席側の」
「他の人は?」
「父が運転していました――いや違う。母が運転席だった」
急に記憶に靄がかかった。母は助手席に乗っていた気がする。いつも車で出かけるとき、父が運転し、母が助手席でナビをしていた。だがあの日は、父が酒を飲んでいた。――母も飲んでいた。ワイングラスを持って乾杯する二人の姿が脳裏に浮かんだ。
「運転代行を頼んだのかもしれない」
「おいおい、言ってることが変わりすぎだぞ」
「自分でもそう思いました」
苦笑したとたん、頭に垂れていた靄が消えた。
「穂村ってK区出身だよな」
「そうですけど」
さすが「できる人事」の藤崎だ。有の出身地を空で言えるとは。履歴書を何回読んだのだろう。
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