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電話を切って十分も経たないうちに、亘が二〇二号室にノックをして入って来た。
「どうしたんだよ、こんなところに一人で」
亘が、脱いだコートを空っぽのベッドの上に放り投げる。そのぶっきらぼうな動作に、有は内心驚いた。いつもの亘じゃない、と直感した。
有の座っているソファに、亘も腰を掛けた。ひと一人分が座れるぐらいの距離をあけて。
今すぐには理路整然とした説明ができない。財布からレシートを取り出し、亘に見せた。
「亘のコートをクリーニングに出したとき、ポケットから出てきたんだ」
無言でレシートを見つめる亘に、確認する。
「ゼミの飲みのあと、俺とここに来たんだよな?」
亘が有の顔を見た。その目には戸惑いが浮かんでいるような気がした。
「そうだよ。卒業式の日、俺たちはここに来た。自然な流れだった。お互い酒が入ってていい具合に酔ってた。俺は気が大きくなってたし、有は有でいつもの堅苦しさがなくて――奔放だった」
肯定されて少し安心した。一緒に来た相手が自分以外、という若干の可能性に有は怯えていたのだ。
「俺、そのときのこと全然覚えてないんだ」
「ああ、そうだな」
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