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有は亘の話についていけなかった。彼によってもたらされる情報の洪水に、頭がパンクしそうになる。
「有? 俺が言っている意味、分かってるか?」
「ちょっと――ちょっと待ってよ」
有はこめかみを押さえ、目を閉じた。
「いきなりそんなこと言われても、信じられないよ。それに俺とのセックスが良かったんなら、なんで同棲してるのに何もしなかったんだ?」
「それは」
「俺に今までのことをちゃんと話して、それから付き合えばよかっただろ」
有の頭は混乱していた。時系列がぐちゃぐちゃに崩れている。去年の八月、今年の三月、そして今、十二月。失った記憶を補填するのは簡単だ。亘に言われたことをそのまま記憶の年表に追加すればいい。そうする以外に道はない。だがそうすることに戸惑いがあった。
「俺の話が信じられない?」
言葉とともに、手首を強く掴まれる。亘の指が皮膚に食い込んだ。痛みに有は顔をしかめた。
「そうじゃない、けど」
亘が嘘を吐くとは思えない。だが、彼の話を言われるがままにインプットして良いのか分からない。思い出という白いキャンバスに、自分の意思を無視して絵を描かれるような――そんな不快感と恐怖が同時に芽生えた。
「有、過去に拘るなよ。大事なのは今だろ?」
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