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亘がとつぜん、無責任なことを言いだした。自分が亘の立場だったら――と考える。恋人に過去を思い出してほしいと願うはずだ。
「俺が思い出したら都合が悪いことでもあるのかよ」
有は亘の手を振り払った。亘が何を考えているのか分からない。信じられない。
「あるわけないだろ」
亘の声が低く冷たいものになる。自分の言葉が、彼の逆鱗に触れたのかもしれない。それでも口からはマイナスな言葉ばかりがあふれ出た。
「亘は俺に何も言ってくれないだろ。亘が奨学金で大学に行ってたことも知らなかった。俺は中学の事故のことも、親が宝くじを当てたことも打ち明けたのに」
自分ばかりが亘を特別だと思っていたのではないか。亘はそこまで自分のことを好きではなかった。そんな気がしてきて、有は自暴自棄になっていく。
「さっき一緒に歩いていた女性(ひと)も、本当にただの同僚なのかよ」
「有!」
大きな声で名前を呼ばれ、有は我に返った。
「落ち着けよ、有。奨学金で大学っていうのは誰からの情報だ? 俺は特待生入学で大学に入ったんだ。ローンは一切ないぞ」
「じゃあ何で言ってくれなかったんだよ」
「特待生って、自分から言うことか? 自慢みたいで言いたくなかったんだよ。聞かれればそうだって答えるけど」
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