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淡々とした口調で、亘が説明してくれる。彼の態度に、有も冷静さを取り戻していく。
「同僚のこと、ゆうみさんって名前で呼んでただろ」
「――そんなこと気にしてたのか」
亘がウンザリしたようにため息を吐いた。スーツの胸ポケットから名刺ケースを取り出し、百枚以上はある名刺から一枚を探し出して有に見せてくる。
「勇ましい海って書いてゆうみ、って読むんだ。苗字だよ」
たしかに、目の前に翳された名刺には、『勇海 真理恵』と印字されている。
「そんなに俺のことが信用できない?」
今度は両腕を掴まれる。亘の声が怖い。
有は亘の顔を見た。怒りの形相をしているのかと思ったが、違った。彼はやり切れなさそうに眉を寄せ、唇を噛んでいた。
「セックスしないからか。だから信用できないのか」
有は項垂れながらも考えた。そうなのかもしれない、と思う。セックスしていれば、亘の気持ちを信じられたのかもしれない。ちゃんと自分に対し恋愛感情があるということを実感できたのかもしれない。キスぐらいなら男同士でもおふざけの範疇でできる。
有が答えられずにいると、亘が声に出してため息を吐いた。
「じゃあ今からするか? それで有が納得するならするよ」
せっかくラブホにいるんだもんな、と亘が皮肉っぽく笑った。
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