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6年つきあった彼と別れた。 理由は よくわからない。 彼にはいつも、他に恋人がいた。 私だけが彼といたことは、たぶん一度もない。 それでも彼は、毎晩 私の部屋に帰って来た。 深夜近く 眠るまえに。 ******** 「和弥(かずや)と寝たわ」 白い指の先のネイビーの爪。 煙草を挟んで火を点けながら藍月(あつき)が言う。 藍月と出会ったのは、19になる頃。 高校を出て就職した職場だった。 今はもう、どちらも辞めてしまったけど。 付き合いはもう7年になる。 藍月がいいと感じて付き合うひとは いつもどこか退廃的なひとだった。 友だちになる男のひとは、本や音楽に詳しい静かなひと。なにかの知識が深いひと。 恋をするのは、優しく自由なひと。 旅をするひとで、藍月を自然に「藍月」と呼ぶ。 だけど 他の誰の呼び方とも、彼の呼び方は違う。 彼は、ひとの名前を呼んでるんじゃなくて そのひと自身を呼んでる。 目に移る部分も 心も。そういうひと。 藍月は彼を、密やかな深い奥に想いながら 退廃的な誰かを彼にする。 彼には決して、想いは告げずに。
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