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「咲弥ー、そろそろ時間ー」
部屋の外から父の声が響いてきて、僕はハッと時計を見た。
「やばっ」
小さく呟き、慌てて手元の手紙を封筒の中に入れる。
そしてそれをポケットに突っ込むと、部屋の隅に置かれていたキャリーケースとトートバッグを手に持ち、部屋を出た。
するとそこには、廊下に立って僕を待っている父の姿があった。
「忘れ物は無い?」
目が合って、父はそう尋ねる。
いつもと同じ穏やかさと、いつもとは少し違うぎこちなさの両方を兼ね揃えたような声音だった。
「たぶんね」
僕は、なるべくいつも通りを意識して答えた。
「まあ、もし足りないものがあったら、連絡してくれれば送るから」
「うん、ありがとう」
そんな会話を交わしながら、僕は父と一緒に玄関へと向かう。
「じゃあ、体に気を付けて」
僕が靴を履き終えたのを見ると、父はそう声を掛けてくれた。
「うん、お父さんも」
そう返しながら、ポケットの中に手紙に手をやった。
別に後から郵送したっていいのかもしれない。
だけど、やっぱり……。
「お父さん」
一つ息を吐くと、しっかりと向き直ってそう呼んだ。
そして、ポケットの中の手紙を取り出す。
さすがに小学生の頃のように、面と向かって読むのは恥ずかしすぎてできないけれど。
「ありがとう」
以前手紙を渡した時のことを思い出しながら、同じ言葉を口にして、手紙を差し出した。
だけどそれは別に、昔の真似をしたかったからではない。
あの時と同じで、心からそう伝えたかったから。
驚いていたのか、かなりタイムラグがあってからそっと手紙を受け取った。
あなたはやっぱり、少し赤い目をしていた。
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