2人が本棚に入れています
本棚に追加
その日その街の外れに、サーカスのテントが立った。そのサーカス一座は国中を旅していて、いつ、どの街にテントを構えるか。それを知っている街の住人はいなかった。
テントを立て終えたひとりの青年。灰色に青い光が入る髪が特徴的な彼が、サーカス一座の中で一番背の高い男に話しかけた。
「マリリアード、十年ぶりのボルドーはどうだ?」
マリリアードと呼ばれた背の高い男は、顎のラインで切りそろえた後ろ髪と同じ長さの、翠銅鉱のような緑の髪を目から避けながら答える。
「そうですね、本当に久しぶりですけれど、一見何も変わっていない気がします」
「一見?」
「僕のかつての主人はもういない。そう言う事です。ブッシュも知っているでしょう」
ブッシュと呼ばれた灰色の髪の男は、ああ、そう言えばそうだったと納得する。
マリリアードは訳あって、十年前にこの街を弟と共に逃げ出した。その時に、弟が人攫いに攫われてしまい、今では弟を探す手助けをする代わりにと、サーカス一座に所属して剣技などの見世物をしている。
ブッシュ達に助けを求めた時、マリリアードは主人が捕らえられたので、その巻き添えを恐れて街を逃げたしたと言っていたのだ。
あの時既に、主人の命は無い物という確信があったのだろう。
ブッシュがマリリアードに訊ねる。
「明日開演前に、街で弟さんの情報を探してくるか?」
マリリアードは苦々しげな顔で前髪を掻き上げる。
「だめですね。この街にはきっとまだ、僕の顔を知っている人が沢山いる。
悪いけれど、ブッシュに情報収集を頼みたいです」
罪を犯したわけではないけれど、きっと見つかったら自分もただでは済まないと思っているのだろう。慎重になるマリリアードの言葉に、ブッシュはにっと笑って返す。
「わかった。今回はオレが情報を集めるよ」
「頼みました」
ふと、風が吹いた。春が訪れたとは言えまだ風は冷たい。日も暮れて来たことだしと、ふたりはテントの中に入り、他のメンバーと食事をすることにした。
最初のコメントを投稿しよう!