(一)

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――東京 「どうしても片づけなければいけない仕事がある」  半年前、そう言い残して妻の愛美が失踪した。バレンタインセールが終わった二月十五日から、三日間の有給休暇を取っていた愛美は、生後八か月の娘・亜子を連れて突然姿を消したのだ。  ラインやメール、電話をしても、妻からの返答はなかった。出勤するはずの日程を過ぎても家に戻らず、夫である小野寺省吾の不安はピークに達した。事件や事故に巻き込まれたのだろうか。それとも、何か悩みや不満を抱えて家を出たのだろうか。  思い立ったが吉日とばかりに、愛美は行先も告げず家を出た。今はスマホ一つで飛行機などは予約から搭乗までできる時代、二人の足取りはつかめなかった。しかも、銀行口座の取引やクレジットカードの明細などもペーパーレス化が進んでいる。結婚当初から財布は夫婦別になっているので、行方だけでなく金の動きさえも把握できない状態だった。  わけもわからず妻の行方を探すも、何の手掛かりも見つけられないまま日々が過ぎていく。もちろん警察にも捜索願を届けたが、反応はいまひとつだった。
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