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1.平成三十年 一月某日
せっかくこれで、終わりなんだから。
楕円の中で三つのアーモンドが、ぐにゃりと三日月に形を変えた。
「どうでもいい」
「ええー」
ずるり、と畑瀬が頬杖から顔を落とした。
「だって俺の生活には影響ないし」
「そうだけどさあ」
それが発表された時、賛否両論が飛び交った。しかし調査の結果は賛成派が多かったのだったか。あれで反対派が上回っていたらどうなっていたのか、少しばかりは気になるところである。
「何、畑瀬は反対なの」
「そういうんじゃないけど、世間が盛り上がってるから大学生らしく知的な会話をしようかと思って」
「動機が稚拙」
「正論!」
平成がなくなることについてどう思うか。
講義前の空き時間、持ちかけた話題を俺がばっさり切ったせい(と、多少の自爆)で、畑瀬は長机の上にべたりと上半身を投げ出した。振動に驚いたのだろう、畑瀬から一つ空けた席に座っていた女子が小さく肩を揺らした。
こちらに向かって瞬く目に、俺は苦笑いで頭を下げる。苦笑で頷きを返してくれた心優しい彼女の、肩口までの髪がふわりと揺れた。
「別に辞めたいって言ってるんだからいいじゃん。今の時代、柔軟にいかないと。早期退職も珍しくない」
「いや、そもそも職じゃないんじゃ」
「そこは深く掘り下げるなよ。話がややこしくなる」
「うー」
恨みがましい目を向けてきた畑瀬だが、反論しないのは本人にそのややこしさを解きほぐす能力がないからだ。ちなみに俺にもない。
「でも確かに、変わったから何ってことはないよねー」
「ない」
「レポートとかの日付間違えるくらいかな」
「それは今年もやってんじゃん」
元号云々の問題ではない。
「どうしてだろうね、あれ。二って書いた瞬間に気づくんだよねー」
「十年間、二に親しんでるから」
「そういう日野は間違えないよね」
「考えて書いてる」
「おおー、頭良さそうな発言」
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