1.平成三十年 一月某日

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 いや、そう言われると馬鹿っぽい。  と思ったが、畑瀬が感心の目を向けてくれていたので黙っておいた。わざわざ訂正して評価をなかったことにする必要もない。 「でも自分たちが一番新しい年号じゃなくなると思うとさ、なんかすごい年とった気分にならない?」 「気の持ちようじゃん」 「でもほら、〇〇なんだねーって言うようになるよ」 「平成生まれなんだ、てやつ?」  それは聞いたことがある。 「そう、兄貴が平成三年生まれだから、大学とか会社とかで先輩によく言われたんだって」 「ああ」  直接言われたことはないが、親が話していたのを聞いたのだ。違う時代の人なんだと思ったよ、と笑っていたのを思い出した。俺も兄ちゃんも平成生まれなのに大げさ。弟の春樹(はるき)が口を挟むと、年号が変わったらお前も分かるよと父親は目を細めた。 「今度は自分たちがその立場に置かれると思うと怖いよね」 「怖いのか」 「え、だって何か時の流れを感じるから」 「急に文学的」 「置いて行かれる気分になるよ」  文学か哲学を専攻した方が良かったのでは。その感覚は俺にはよく分からない。 「生まれ変わるって思えば?」 「生まれ変わる」  ノートの余白に横線を一本、その真ん中に直交する短い縦線を入れて、首を傾げる畑瀬に見えるように左に寄せる。 「ここまでが平成の自分、ここからが新しい自分」  分けられた左と右を順にシャープペンシルの先で指すと、発明品でも見たかのように、畑瀬は目を輝かせた。 「おおー」 「どうだ」 「いいねそれ」  にかっと歯を見せた単純な友人に、思わず吹き出す。  なんだよー、別に、失礼なこと考えてただろう、まさか。ふざけた口論がじゃれているように見えたのだろうか。先ほどと同じようにこちらをみた彼女は、くつり、と小さく笑った。  ――?  同じように可愛らしい微笑みであったはずのそれは、どうしてかとても、温度のないものに映った。  あ、と畑瀬が身体を起こす。姿を見せた教授に合わせたように、無駄話の終いを告げるチャイムが響いた。
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