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   道隆が目を覚ました場所は病室だった。  看護婦が、あなたのお父さんが運んできたのだと告げたが、  どうでもよかった。  もう、母はいないのだから。  窓の外は、相変わらずの雪模様だった。  道隆は、寝巻きのまま、最後に、母の姿をみたい、  会いたい一心で、お葬式に出たいと懇願したが、  衰弱した道隆の体力、それに、例年にない大雪で、  交通が麻痺していて、そもそもお葬式場にたどり着けない  と、退院許可が下りなかった。  そして、道隆が2日後の退院の時、雪はやんだ。  それから2年、雪は降らなかった。  その雪が、いま目の前に降っているのだ。  この、悲しくも、わずらわしい記憶をリセットする時がきたのだ。  人には、おのおの忘れたい記憶があるとき、  自然に忘れていくか、それ以外のやり方があるだろう。  道隆は、嫌な記憶がある時は、その時に、  一番印象深かった、場所・物・風景等に立ち返り、  記憶を上書きする方法を取っていた。  例えば、お金を落とした場合、落とした場所に立ち返り、  もう一度あえてお金を落とし、拾い上げるといった具合だ。    
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