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今から百年以上の昔、北方のさる大国にある若い作曲家がいた。 彼は真っ黒い海から冷たい風が年がら年中吹き寄せる、実り薄い沿岸地方に、貧しい医者の子として生まれた。しかしそれが幸であったか不幸であったかは分からないが、とても豊かな芸術的天分に恵まれていた。 ここに述べたい悲劇が生まれた当時、彼は年若くしてすでに、その国のきらびやかに栄える首都において、音楽人としての揺るぎない地位を獲得しつつあった。すでに充分名声高かったわけだが、そのままゆけばいずれはきっと、その名が後世に伝わるほどの仕事を成し遂げるだろうと、多くの人々に信じられていた。 その頃、彼のそのとても長い腕を通じて、この世に次々と生み落とされるピアノ曲や協奏曲は、どれもいかにも若さのみなぎる、華やかで繊細で夢見がちなものばかりだった。しかし同時にどの曲にも、すっかり世慣れた人々をも驚かせて魅了する、不思議な生々しさと荒々しさとが息づいていた。     
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