いまだから話すけど

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  「いやぁ、でもあのときは、怪我人とか出なくてホント良かったよなぁ」  森野さんとシンジ君がそう言って笑い合っていると、 「……あのさ、もう時効だから話すけど」  少し離れた席で呑んでいた先輩のひとりが、森野さんたちの話に入ってきた。 「あの夜、俺と仲間の三人でさ、肝試ししようぜって、夜中にテントを抜け出したんだよ。そんでおまえたちを脅かしてやろうって、テントの近くまで行ったらさ、テントの周りを、なんか雪ダルマっつぅか、あのバケモン退治する映画に出てきた『マシュマロマン』っていうか、白い着ぐるみのゆるキャラみたいなのがウロウロ歩いていたんだよ。 『起きないなぁ、起きないなぁ』  とか言いながら。  どこの物好きが、夏場に着ぐるみ来てうろついているんだって、中身が誰なのか確認しようと近づいたらさ。……そいつ、着ぐるみを着ていたワケじゃなかったんだよね。  ぶっくぶくに身体が白く膨れあがって、ブヨブヨになっているガキだったんだよ。髪の毛なんてほとんど抜けちゃっててさ、二の腕とか柔らかそうなところがグズグズになって骨とか見えてんの。身体中から水が滴っていてさ。そいつが、 『起きないなぁー、起きないなぁー』  なんて言いながら、おまえたちのテントをゆっさゆっさ揺らしてんだよ。  あそこのキャンプ場に流れていた川の上流ってさ、結構流れが早くって、水の事故がときどき起きているって聞いていたからさ。もうコレ絶対ヤバい奴だって、みんなでダッシュで逃げたんだけど……。  朝起きたらみんなが『クマ』が出たって騒いでいるから、何となく言い出せなくって、結局そのまんまになっちまったんだよなぁ」    突然の先輩の告白に、森野さんもシンジ君も返す言葉もなく、飲み会の場も水を打ったように静まり返った。 「クマはあんなに白くないし、第一しゃべらねぇよな」  場の空気を察してか、先輩は砕けた口調でそう言ったが、誰もが薄く苦笑うだけだった。  キャンプ場での夜が明けて、先輩とその仲間がもう一度森野君たちのテントを調べに行くと、森野君たちのテントだけが何故かびっしょりと濡れ、泥で汚れた小さな手形がテントの表面に幾つも残されていたそうだ。 「人間ってのは、あんなにも膨らむもんなんだなぁ」  テーブルの上で、くつくつと煮える鍋の中の真っ白な「はんぺん」を箸でつつきながら、先輩が呟いた。  森野さんは苦手だった「はんぺん」が、ますます嫌いになったという。 【了】
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