朝はコーヒーとともに

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「ヴェルヴ使いのハルト、稀人ハルト、戦神ハルトとはお前のことかえ?」 「やめろ!」 咄嗟に前を行く兵士が空気を切るような尖り声を出した。 緊張感が走って何も言えなくなった僕をジトリと見回して、老人は構わず話を続ける。 「その目。まだ純粋な濁り一つないその目は、まだ何も見ておらんな。善も悪も秩序も混沌も分かれたまま。その目、果たしていつまで保っておられるかの」 長い間収容されているのか、埃を被ったような白髪は乱れたまま床に届きそうなくらい伸び放題で、着衣も古ぼけた布を纏っているだけのように見えるが、精悍な顔付きは不思議と威厳に満ちているように感じられた。 呆然とその顔を見つめていた僕は、兵士の声に我に返り、その牢屋から離れた。 「あのじいさんの話なんてまともに聞かない方がいいですよ。あれ、稀代の詐欺師なんです。世界は変革のときを待っているとかなんとか言って、国家の転覆を図ろうとしてるんですから」 「国家の転覆……」 「できるわけないですよ、そんなこと。だいたいシグルド王子らが国を守ってくれているというのに。ゲリラの考えていることはよくわかりませんね。さて、ここです」 手で指し示す牢屋を覗き込むと、この場に似つかわしくない一人の少女が不思議そうな表情をしてこちらを見上げていた。透明感のある青い髪に青い目が印象的なディサナスだ。 「……ハルト」 ディサナスは小鳥のさえずりのように僕の名前を小さく呟くと、ふわっと立ち上がり冷えきったはずの鉄牢を素手でつかんだ。宝石のような瞳が真っ直ぐに僕の目を射抜く。 「やっぱり、反応が全然違いますね! いつもは誰が来てもぼんやりとしてるんですが」 また明るく感想を言うと、兵士は「何かあれば呼んでください。それではごゆっくり」と意味深な台詞を述べて戻っていった。こんなところでゆっくりするつもりは毛頭ないのだが。 「さて……」 緊張と戸惑いを隠しつつ牢につながれた少女に向き直る。 さすがに配慮されているのか毛皮のローブをすっぽりと被ったその体からは健康状態は判別できないが、反応を示し、しっかりと焦点の定まった目から判断するに会話をするのに問題はなさそうだった。 とは言え、何から聞いたものか。 「……あなたは、ディサナスですね?」 いやいや、当たり前だろ。健康状態の確認とか何か違う質問にすればよかった。 「……ううん、わたしはディサナスじゃないよ」
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