朝はコーヒーとともに

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ところがその返答は予想もつかないものだった。 「今なんて? ディサナス……じゃない?」 ディサナス……いや、目の前の少女はコクリとうなずいた。 からかっているのか、と思ったがその顔は真剣そのもので、とても冗談とは言えない雰囲気だった。あまりにも衝撃的で次の言葉を探しているうちに、やがて少女がその小さな口を開いた。 「わたしは……アーダ」 「アーダ?」 「うん。ディサナスは隠れちゃったから、今は私の番」 どういうことだ? ディサナスは隠れた? 私の番って……。困惑する僕をじっと見つめる目が瞬いた。 「あっ」 変化を感じたのはそのときだ。前に対峙したとき、ディサナスの瞳には色がなかった。それが今は、好奇心旺盛な子どものそれのように色付き輝いている。あくまでも直感的にだが、この少女はディサナスではなく確かにアーダなんだと感じた。 初対面の相手なら掛ける言葉の選択肢は限られている。 「初めまして、アーダ」 いくつかの候補からその言葉を選ぶと、アーダも「初めまして」と言って、微笑みとも言えないほどだが、ほんの少し口元を緩めてくれた。 その表情の微細な変化からも、ディサナスとアーダの違いを感じる。僕のディサナスへの印象は、氷のように無表情であったから。 ディサナスならばわからないが、アーダは肯定的に受け入れてくれそうだ。 「アーダ。ディサナスが隠れてしまったってどういう意味?」 「…………」 質問の意図がわからなかったのか、首を傾げて唇を尖らせるアーダ。その仕草から、ある仮説が浮かんだ。 僕はそっと鉄格子をつかむと、しゃがみこんで目線をアーダに合わせる。手から伝わる冷たさが、上手い具合に頭を働かせてくれる感じがした。 「アーダ、君は何歳?」 指を折って数えると、格子越しにパッと手の平を開いた。 「5歳」 「あー5歳か、それじゃ今の質問難しかったね」 やはり仮説は当たっていた。今のディサナス……いや、アーダは5歳の女の子なんだ。難しい質問は理解できるはずがない。 「アーダ、もう一度聞くね。ディサナスはどこにいったの?」 その問いにアーダは人差し指で胸を指し示した。おそらく、心の中という意味だ。それなら。 「どうしてディサナスはいなくなったの?」 「ディサナス、恥ずかしがり屋だから、ハルトが来て隠れちゃった」 少し考えてからアーダはそう答えた。
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