Ⅰ.

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Ⅰ.

風が強く吹く音がする。 寒そうな音だ。 視界が暗い。 目を閉じているのか。 明かりを求めて、やけに重たく感じるまぶたを持ち上げると 「っ!?」 何かが眼球めがけて飛び込んできたので、私は反射的に目を閉じた。 目の無事を確認すべく腕を上げるが、まぶた同様やはり重く、関節の動きも鈍い。 のろのろと目を(こす)る。 幸いにも目に異物が入った様子はなかったため、私は改めてまぶたを上げた。 「ーーーー」 視界いっぱいに白いものが舞っている。 舞うといっても、巫女舞のような優美なものではなく、怒り狂う竜神のようなそれだった。 白いもの、雪が身体に打ち付けられる。 目もろくに開けられず、顔は到底前を向けない。 必然的に足元を見ると、くるぶしほどまで雪に埋もれていた。 ふと後ろを振り返ると、激しく降りしきる雪にかき消されつつあったが、二足歩行の跡が私の足元まで続いていた。 私は歩いていたのか? こんな天候のなかを? ゆっくりと周りを見回したが、私以外に人影はない。 あるのは、木。 鬱蒼(うっそう)とした木々の間にある細い道に私は立っている。 見覚えのない景色だ。 周りの景色を認識すると同時に、身体が震え、ようやく凍えるほどに寒いということに気が付いた。 まぶたや腕の動きの鈍さは、冷えによるものだったらしい。 手足の感覚はほぼない。 しかし震えは一瞬しか起こらず、寒さのあまり忘れたのか、ただもうその元気すらないのか。 自分の置かれている状況について多くの疑問が浮かんでこようとするが、明確な疑問のかたちにはならず霧散していった。 寒さのせいで思考力がなくなっているのか、何を考えたらいいのかさえ分からなくなってきた・・・ ◆ ◆ ◆ しばらく頭に広がる霧のなかをさまよっていた私は、不意に右足を前に出した。 不思議に思うよりも前に今度は左足を出した。 続いて右、左とゆっくり繰り返し、歩き始めた。 なぜ歩くのかは分からなかった。 目的がない。 ただ、歩き始めると、進まなければいけないような気がしてきて、自然と足を動かしていた。 そうして、身を切るような吹雪に逆らうように、一歩また一歩、黙々と歩き続けたのだった。
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