第1章

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胡蝶≪こちょう≫の悪夢  荘子の内編,外編は、私が繰り返して何度も何度も読んでいる愛読書だ。  荘子の生没年は、厳密には不明だが、紀元前三百六十九年 ~ 紀元前二百八十六年と推定されている。中国戦国時代に宋国に産まれた思想家で、道教の始祖の一人とされる人物だ。現在でも、ほとんどの書店の棚に、内編……などが陳列されている著名な思想家だ。 荘子の著書と言われる『荘子』≪そうじ≫には、内篇七篇、外篇十五篇、雑篇十一篇がある。  内篇だけが荘子本人作で、他は弟子や後世の人の作品だと考えられている。  内篇には、逆説的なレトリックがきらびやかに満ちていから、読む者を夢幻の世界へと引きずり込むのは間違いないだろう。  儒教が中国の国教となってからも、老荘思想は中国精神の影に潜み、儒教が著すモラルに疲れた時、人々は老荘を思い出した。特に魏晋南北朝時代において、政争が激しくなり、高級官僚が身を保つのは非常に困難であった。だから、積極的に政治に関わることを基本とする儒教よりも、世俗から身を引く老荘思想が広く高級官僚に受け入れられたのだった。  加えて仏教の影響もあり、老荘思想に基づく哲学的問答を交わす清談が、南朝貴族の間で流行した。老荘思想は、仏教特に禅宗に接近し、また朱子学にも多大の影響を与えた。  その『荘子』中に『胡蝶の夢』という説話がある。 『荘周(荘周は荘子の名前)が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだ所で夢が覚める。果たして、荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは、蝶が夢を見て荘周になっているのか……』  ここで、実際に、私が実際に体験した話をしよう。  あれは、今から四十年程前の十一月の出来事だった。  百万ドル(今では一千万ドル)の夜景で有名な、神戸市の六甲山で起きた出来事だった。  当時、私は確か三十二歳であったと思う。  会社ではエリートコースに乗り、上司から将来を嘱望されていたが、重大なミスを犯してしまい、その事を深く悩んで、眠れない夜が続き、かなり鬱状態が進行していたのだ。会社での失態ばかりでなく、妻によるDV――夜中に私を叩き起こして、大声で昔の恨みを激しく非難する、暴力を振るう……などで、寝不足に輪をかけていた。
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