雪解けを待たない

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高校三年生の冬だった。学校からの帰り道で、俺はミコトに告白された。親同士が仲が良くて同級生。俺とミコトは世間で言う幼なじみという関係だった。小さな田舎で俺たちは同じ保育園に通い、同じ小学校に通い、同じ中学校に通い、同じ高校に進学した。高校三年生になって、俺は県外の大学を受験することにした。町から遠く離れた大学は実家から通える距離ではなく、俺は地元を出て一人で暮らすことを決めた。ミコトは家の店を手伝うために地元に残ることになった。 「わたし、タケちゃんのこと好きやよ」 色白の顔を赤く染めて俯くミコトをよく覚えている。初めて離ればなれになることにミコトは焦ったのだろうか。直接言われたのはこれが初めてだったが、幼い頃からミコトが俺に特別な感情を抱いていることは、なんとなく気づいていた。 「何をいきなり言いだすんやお前は」 俺はぶっきらぼうにそれだけ言うとミコトを置いて帰った。 同級生に「ミコトとつき合っとるんやないんか」と尋ねられる度、俺は女なんて興味ないと突っぱねていた。これでミコトとつき合うことになったら同級生に顔向けできない。かと言ってミコトに「お前のことなんて好きやない」という勇気も、俺にはなかった。 ミコトが行方不明だと騒ぎになったのは、その日の夜だった。俺があいつの告白をはぐらかしたから拗ねてるんだろう、そんな風に楽観視していた翌日、崖下からミコトが冷たくなった状態で発見された。何年ぶりかの大寒波とかでその年も雪がよく降った。雪が積もると道の境目があやふやになる。毎年人が足を滑らせ落下する事故が相次ぐのでガードレールを設けなければと再三言われていた場所で、ミコトは死んだ。 それ以来雪の降る日、きまってミコトは俺の元を尋ねてくる。 「許せんのか」 再び尋ねるが、返事はない。おそるおそる顔を上げると、ミコトの姿は消えていた。雪の夜に尋ねてくるミコトは、俺の後悔が見せる幻なのか、成仏しきれないミコト自身なのか。 あの日の告白への返事を俺は未だに返していない。返すつもりもない。答えを返したら、ミコトはもう俺の所には来てくれない気がする。 春なんか来なくていい。俺は雪解けを待たない。身体の芯まで凍らせるよう暖かな雪に、一生埋もれて生きていく。
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