007.砕かれた聖杯(2)

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「……例の昼メロか?」 「ええ、今日が最終回らしいです」  謎の緊迫感は、そのせいか。納得して、溜め息を付く。  ――チャララララーン!  聞き慣れたピアノの旋律に乗せて、『愛と運命の輪舞曲(ロンド)』が始まった。  水を打ったような静けさの中、ドラマの音がやけに響く。  男達の後頭部越しに見える画面には、第一話から前回までのダイジェストが流れている。この回だけ見れば、毎日チマチマ視聴しなくても良さそうなものだが。  一つ息を吐いて、紫のファイルに集中する。  福祉事業は、表向きは高齢者の養護施設だ。しかも、近親者のいない、生活保護受給者を集めた施設である。  近頃、生活保護受給者を集めて、彼らに支給される手当てを取り上げ、囲い込んだ安アパートで最低限の生活をさせる『貧困ビジネス』が社会問題になっている。  わが社の福祉施設も、身寄りのない生活保護受給者を囲い込んでいる点は似ているが、最低限とは言わせない『豊かな余生』を保証している。  自由な外出こそ、保安上の理由から制限を設けているが、生活の場には個室が与えられ、共有スペースには娯楽もある。食事も健康に配慮し、ちょっとした食堂並のメニューを提供している。  『生きがい』の名目で従事できる軽作業もあり、ただ無為に日々を過ごしていく訳ではない。精神衛生にも気を配ったシステムだ。  これだけの設備を維持し運営するには、当然、彼らから託される生活保護費だけでは不足する。  その赤字を補う仕組みが、マネロンである。  施設への善意の寄付金、と称して預けられた『汚れた金』は、巧妙に海外送金され、複数の架空会社(ペーパーカンパニー)を経由する。最終的には、手数料が差し引かれた額が『綺麗な金』として、寄付元の組織や企業に振り込まれる仕組みだ。  実際の施設運営は、マネロンの過程で発生する手数料とは別に、請け負い料として割り引く手数料で十分賄っている。  そして、この施設が担うもう一つの裏の顔が、カジノだ。  高齢者達が暮らす居住空間の最上階に、会員制のカジノが週末限定で開催されている。  現時点で非合法の遊興場には、政財界の名士が素性を隠して訪れることも珍しくない。
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