007.砕かれた聖杯(2)

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 消えた青年は、施設内では『管理人』と呼ばれているが、実態はカジノのディーラーだ。  資料によると、カードゲーム――特にブラックジャックを専門にしていたらしい。  俺自身は、賭け事についてはルールを知っている程度の素人だ。カモられることが分かっていて、みすみす手出しなどしない。  なので、福祉事業は表の顔とも裏の顔とも、これまでは縁遠かった。  ――パンパンパンパン  徐に、柏手のようなゴツい拍手が起きた。  音の元に目を向けると、例の昼メロが終わった所だった。  ソファーの男達が銘々拍手している。 「良かった……いい話だったなぁ」 「今度こそ、パリで幸せになって欲しいな」 「バカ野郎、幸せになるに決まってんだろ」 「日本じゃ、苦労したもんなあ」 「あぁ……きっとすげぇデザイナーになって成功するさ」 「そうだよなぁ」  勝手な感想を言い合う奴らの間に、長い闘いを共に駆け抜けたような奇妙な連帯感が滲んでいる。  全く……平和だぜ。  温くなったブラックコーヒーを流し込み、溜め息に似た息をゆっくりと吐いた。 「裕太」 「はいっ」  反応良く、仔熊が駆けてくる。 「明日の夜、ヒマか?」 「夜ですか? はい、空いてます」 「仕事だ。一応、ベレッタ用意して来い」 「はい、分かりました」  キラキラした瞳が返ってくる。仕事に向かう姿勢としては悪くないが、こうも期待に満ちた顔をされると逆に心配になる。コイツは、どうも怖いもの知らずの所がある。以前の仕事で垣間見た素質を買って、様々な現場や場数を踏ませようと思っているのだが。 「お前、『ブラックジャック』って知っているか?」 「えっと……はい、あの医者のアニメですよね」 「あれじゃなくて、カードゲームの方だ」 「ゲームですか?」  やれやれ。キョトンとした顔を前に、苦笑いが溢れる。 「何だ、ボウズ、ブラックジャックも知らんのか」  俺達の会話を聞いていたのか、金岡が話に割り込んできた。空気を読まない男だが、今回は使えそうだ。 「金岡。教えてやってくれるか」  そうは言っても、トランプがなけりゃ始まらないのだが。 「いいですよ。おい、誰かトランプ持ってただろ?」 「あ、はい」  金岡の斜め前で雑誌を読んでいたスキンヘッド――(たつみ)が、デスクの引き出しから即座に取り出す。  全く。トランプが常備されている職場って、何なんだ。
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