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消えた青年は、施設内では『管理人』と呼ばれているが、実態はカジノのディーラーだ。
資料によると、カードゲーム――特にブラックジャックを専門にしていたらしい。
俺自身は、賭け事についてはルールを知っている程度の素人だ。カモられることが分かっていて、みすみす手出しなどしない。
なので、福祉事業は表の顔とも裏の顔とも、これまでは縁遠かった。
――パンパンパンパン
徐に、柏手のようなゴツい拍手が起きた。
音の元に目を向けると、例の昼メロが終わった所だった。
ソファーの男達が銘々拍手している。
「良かった……いい話だったなぁ」
「今度こそ、パリで幸せになって欲しいな」
「バカ野郎、幸せになるに決まってんだろ」
「日本じゃ、苦労したもんなあ」
「あぁ……きっとすげぇデザイナーになって成功するさ」
「そうだよなぁ」
勝手な感想を言い合う奴らの間に、長い闘いを共に駆け抜けたような奇妙な連帯感が滲んでいる。
全く……平和だぜ。
温くなったブラックコーヒーを流し込み、溜め息に似た息をゆっくりと吐いた。
「裕太」
「はいっ」
反応良く、仔熊が駆けてくる。
「明日の夜、ヒマか?」
「夜ですか? はい、空いてます」
「仕事だ。一応、ベレッタ用意して来い」
「はい、分かりました」
キラキラした瞳が返ってくる。仕事に向かう姿勢としては悪くないが、こうも期待に満ちた顔をされると逆に心配になる。コイツは、どうも怖いもの知らずの所がある。以前の仕事で垣間見た素質を買って、様々な現場や場数を踏ませようと思っているのだが。
「お前、『ブラックジャック』って知っているか?」
「えっと……はい、あの医者のアニメですよね」
「あれじゃなくて、カードゲームの方だ」
「ゲームですか?」
やれやれ。キョトンとした顔を前に、苦笑いが溢れる。
「何だ、ボウズ、ブラックジャックも知らんのか」
俺達の会話を聞いていたのか、金岡が話に割り込んできた。空気を読まない男だが、今回は使えそうだ。
「金岡。教えてやってくれるか」
そうは言っても、トランプがなけりゃ始まらないのだが。
「いいですよ。おい、誰かトランプ持ってただろ?」
「あ、はい」
金岡の斜め前で雑誌を読んでいたスキンヘッド――巽が、デスクの引き出しから即座に取り出す。
全く。トランプが常備されている職場って、何なんだ。
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