007.砕かれた聖杯(2)

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 ワイドショーが流れっ放しのテレビを背景に、金岡と裕太が向かい合ってソファーに座った。  退屈しのぎの数人が、ニヤニヤしながら彼らを取り囲む。 「……っていう訳で、カードの合計が21か21に近い方が勝ちってことだ。21を越えたら、その時点で負けだ。いいな?」 「分かりました」 「んじゃ、実践だ。配るぞ」 「はい、お願いします」  実際のカジノでは、カードの引き運の強さもさることながら、ディーラーの決まり手(ハンド)をいかに読めるかが勝負を左右する。  最初に配られる二枚の内、ディーラーは一枚をオープンする決まりだ。プレーヤーは、その数からディーラーのハンドを推測し、自分がもう一枚引く(ヒット)のか、そのまま(スタンド)で勝負するのか、判断する。  ブラックジャックの醍醐味は、自分のハンドを21に近付けることではない。対戦相手のハンドが22を越える(バスト)ように、駆け引きすることだ。  仮にプレーヤーのハンドが12や13だろうと、ディーラーがバストすれば、プレーヤーの勝ちなのである。  だからこそ双方が、表情や視線を駆使して腹の内を探り合うのだが……始終厳めしい金岡と、心情駄々漏れの裕太では話にならない。  結局、自分の手札の計算に必死になっていた裕太が、駆け引きの醍醐味を味わわないまま、10番勝負を六勝四敗で勝利した。  師匠の面目丸潰れである。 「あー、駄目だ駄目だ。俺ぁ、ちゃんと金賭けてなきゃ、調子出ねぇんだよ」  ビギナーズラックに敗れた金岡は、苦しい弁明を言い放って、席を立った。  その後も対戦相手を変えながら、裕太の実践は続いた。騒がしい外野に囲まれた小さな賭場は、終業時間まで飽きもせずに賑わっていた。
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