きようはとくべつなひだ

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きようはとくべつなひだ

「今日は特別な日だ」  静まり返った会場の前方、右手から響き渡った声に、ごくりと誰かが唾をのむ音が聞こえた。俺は深く息を吐いて、頭の中を空にする。  ピ、と開始を告げる電子音が甲高く鳴った。  途端に、カツカツシャカシャカと静かな音が響く。誰かが呟く短い呪文も。いい、これは集中できている証拠だ。脳が意識を切り離して活動する。残された感覚は勝手に風景を伝えてくる。  俺は組んだ両手に額をつけて、目をつむった。  ――ああ、これだ。  マジックを手に取り、厚紙に閃きを書き留めた。  その瞬間に制限時間、十分が終了した合図が耳に飛び込む。たっぷり五秒待って、司会者が優雅な動作でそれを止めた。 「それでは。先ほどのくじ引きの通り、一番の方から」 「――はい」  スーツ姿の男性が立ち上がる。セットされた髪は清潔感を醸し出し、人好きのする笑顔のおまけ付き。肩書は営業マン。  正面の演台に用意された書画カメラに紙をセットすると、前のスクリーンに整った文字が映し出された。 『京都博(きようとはく) 飛騨(ひだ) 別な(べつな)』  男性は小さく咳払いをして、マイクのスイッチを入れた。 「えー、来月、我らが京都博を開催します」「不詳飛騨、頑張ります!」「あ、飛騨くんは参加できないよ。勝手に小京都とか名前つけてもねえ、別だから」「ええ、そんなあ」  決してわざとらしくない、けれど巧みに声と表情を使いわけた解説。こんな状況だというのに緊張感の欠片も見られない。  拍手が沸き起こる中、男性が一礼した。観客席では様々な声が飛び交う。おお、なかなか、いい着眼点だな、いやでもちょっと。  こちらに背を向けた審査員たちは、それぞれ頷いたり首を捻ったり。前に立った者だけがその表情を知ることができるのだ。  男性が席に戻り、司会者の声でセーラー服の高校生が立ち上がった。固い動きのまま演台で準備をする。 『雛は抱きつく(ひなはだきつく) () 飛べよ(とべよ)』 「分かる? 僕はまだ雛なんだ。だから自力であそこまで行くのは無理。こうして頑張って抱きついているんだからさ、ほら、鵜。早く飛べよ」  ふう、と彼女は息をついてマイクを置くと、恥ずかしそうにはにかみながらお辞儀をした。この初々しい様子は今日一日変わらない。付添人に甲斐甲斐しく世話をやかれていたから、よほど大事にされているお嬢様なのかもしれない。
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