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「ならないよ」
篠崎はいつも通りだった。いつも通りの、適当な篠崎だった。
「だってまたラーメン食べるでしょ」
「……」
「えっなに。食べないの」
「食べる……」
「ね。ほら、いつも通り。なにも特別じゃない」
にこ、と篠崎が笑顔を見せる。いままでなんども見た笑顔だった。
なんどもなんども。なんどもなんども。
「篠崎」
「なに」
「ありがとう」
「うん、いいよ。ラムネ食べる?」
「食べない」
「あはは、食べないか」
「それじゃあ俺、行くわ」
「もう?」
「夜中に全部終わらせたいから」
「そっか。じゃあ見送るよ」
「見送るって?」
「背中が見えなくなるまで、ここで手を振ってる」
「なんだそれ」
「なんとなく、元気出るでしょ」
大きな上着を着直して、篠崎が両手をふる。時折てきとうに、がんばれ、とか、負けるな、とか。きっとその場で思いついたんだろうな、という感じの励ましの言葉を挟みながら、ゆるゆると手を振っている。
俺はそれを見て、少しだけ泣きたい気持ちになった。
一回だけ手を振り返して、あとはもう振り返らない。
ここからは、すべてを迅速に行わなければならない。
俺はきっと、このあと篠崎がどこへいって、誰に何を話そうとも、彼を恨みはしないだろう。
今日が特別な日になるか否か。
決めるのはきっと、俺じゃなく、篠崎だ。
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