1人が本棚に入れています
本棚に追加
「ちょっと、寒いから窓閉めて」
「えー、いいじゃんいいじゃん」
坂道を滑る様に上る車内で僕は、葉の隙間からこぼれる日差しの眩しい、両脇の木々の深緑を見て、ついつい窓を開けてしまっていた。
染み入るように冷たい風を頬に浴びながら、改めてここの空気はおいしいな、などと感じていた。
林を抜けると、すぐ脇に、だだっ広いグラウンドが目に飛び込んできた。
更に上には、夕日を浴びて紅く染まった、真新しい校舎。
校舎からグラウンドに出るには、どうやら五十メートルほど坂を降りるようだ。
そんな事を思いながら、ぼーっとグラウンドを眺めていた僕は、なにか違和感を憶え、体を起こした。
ーグラウンドに、誰もいないー
どういう事だろう。
この時間なら、まだ何かしら、部活動の練習をしているのが普通のはずなのに。
もしかしたら、地区ごとで違うのかもしれないけど、期末試験にもまだ早いはず。
車はどんどん坂を駆け上がり、グラウンドは直ぐに見えなくなった。
大きく『県立岡丸高等学校』と書かれた門を過ぎ、校舎の正面に車を付けると、丁度一人の教師らしき人が正面玄関から出てきた。
でも、僕は改めて、なぜだろうと考える。
ぼーっとしていて最初は気付かなかったけど、よくよく考えたら、ここまでの道のりで、ここの生徒とは一人もすれ違っていない。
当然、校舎周りにも誰一人生徒らしき人はいない。
いくら真新しいとはいえ、まさか、実は来年度開校です、なんてことはないよな。
「葛西さんですね、お待ちしておりました」
僕の思考は、正面玄関から出てきたそのおじさんの声に遮られる。
四十代くらいだろうか。紺の上下に白いシャツ、ネクタイも紺の、無難な格好をしたその人は、玄関の扉に左手を掛け、右手で招き入れるようなしぐさをした。
促されるままに、お母さんと二人で玄関に向かう。
「失礼します」
お母さんがそう言って会釈したのにつられて、僕も頭を下げながら中に入った。
最初のコメントを投稿しよう!