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最終章 夜をこめて
「羽山さん、遅くなりました。すみません、なんとか桜には間に合いましたね」
「待たされるのには慣れているよ」
「いいえ、もう二度と待たせませんから」
真っすぐに見つめてくる強い瞳、その視線から受ける熱が身体を熱くする。御園にしてやられたとは思った。しかし嬉しいというより落ち着かない、何とも言いようのない不思議な気分になっていた。
桜井はそれ以上何も言わず、ただ黙って手を取った。
「少し歩きませんか?」
「陽が落ちるまでならな」
ほぼ沈みかけた太陽が天をあかく焦がし、焦げた空がだんだんと黒炭色へと変化していった。何も言わずにただ歩いた。聞きたいことは山とあったはずだった、それらが全て些細などうでもいいことのような気がしてきた。
「陽が落ちると寒いですね、そろそろ帰りますか?」
「ああ」
言葉よりも確かなものが欲しかった、つづられる幾千の詩より、確信できる熱が必要だった。
「桜井、俺がこの手のサプライズを喜ぶような男に見えるか?」
「演出は御園さんですよ。先週突然電話をかけて来て、今すぐ来なけりゃ羽山は貰い受けると怒鳴られました」
「あいつらしいな」
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