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今日はいつもと何かが違う、変だと分かっている。その原因が目の前の若い男、自分が置いてきたはずの男なのだ。傷つけたはずの男は、まるで自分がこちらを傷つけたように謝っている。
横たえた体を覆うように桜井が移動する。両手を髪の中に埋めるように差し込み、頭の形から首の流れまで確かめるように触っていく。
ああ、この男の手は暖かい。その温度に体の中心で頭からつま先まで強く張っていたピアノ線が緩む。不安定な足場に立つ緊張が解されていく。緊張の糸がつんと切れて、指先からも力が抜けていった。
「さくらい……」
「少しだけ確かめさせてください。本当に私は羽山さんをこの手の中に抱いているのですよね。実感がなくて、あまりにも長かったので」
「なっ……」
「そうでした、今日は主導権は羽山さんでしたね。何をして欲しいですか?どうして欲しいですか?何でも言ってください」
さっきの仕返しかと思ったが、桜井の目は優しさに満ちていて焦らしている気など毛ほどもないようだった。
「お前の好きにしろよ……」
大きなうねりの様な欲求は、一度解放された欲とともに消えていた。
「はい」と答えた桜井はゆっくりと身体を重ねてきた。「ああ、この重さだ」と実感する。何度も何度も繰り返される口づけに一度吐き出し収まったはずの熱がまた上がってくる。
「桜井、もう……」
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