穀雨

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穀雨

 遅れて入ってきた桜井が会話の中心となる。そもそも部外者の自分がこの場所にいること自体がおかしいと気がついた。  自分だけがガラスの大きな箱に押し込められたようだ。目の前にいる二人の声が耳には届かず無声映画のように目に映る。  「申し訳ありません、私は失礼させていただきます」  桜井が入ってきた時にここを去るべきだった、そう考えたて関に声をかけた。立ち上がると、関に頭を下げた。  「ああ、桜井君を少しだけ借りるよ。仕事中にすまないね」  了承の意を表すために軽く頷くと、静かに会議室を出た。  「痛っ……」  むこうずねをキャビネットに強か打ち付けた事を思い出した。痛いのは足だけのはずなのだが、なぜかそこからちくちくとした痛みが全身に広がって行った。デスクに戻りパソコンの画面に集中する。自分の心をここから遠くへと飛ばすために。  「……ちょう、羽山課長」  突然、桜井に声をかけられ驚いた。  「え?あ…すまない、どうした?」  「関部長お帰りになりました、よろしく伝えて欲しいとの事でした」  「……それで…」  「はい?」  それで何を聞くのだと、おかしくなった。  「いや、明日の会議の資料を」     
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